
H・K
大阪在住
1級音楽療法士
1級音楽心理士
2級メンタル音楽療法士
「観客」から「主役」に転じた1例
<初めに>
ナラティヴ音楽療法は、「音楽をきっかけとして、人と人との対話・アイコンタクト・笑いなどから、心温まるコミュニケーション獲得により、精神的QOLの向上を目指す療法」と定義している。
また、利用者様が「主役」で、「観客」はおらず、最初は「観客」のつもりで参加しても、知らぬ間に「主役」へと役割を変えていくのは、セラピストや、アシスタント等の役割であると言っている。
今回、「観客」から「主役」に転じた1例と、その理由を報告したいと思う。
<対象および方法>
・対象:参加人数10名(うち男性1名)
年齢 85~98歳(平均年齢89歳)
介護度 要介護1~3(平均1.9)
疾患 アルツハイマー型認知症
脳梗塞・半身まひ、糖尿病
高血圧、心疾患、変形性膝
腰椎症等
デイ土曜日利用者様は、他の曜日
利用者様に比べ物静かである。
しかし歌は好きな方が多い。
・方法:当時のプログラム
①始まりのあいさつ
②発声練習
③準備運動
④日付確認と日付に関連した歌
⑤季節の歌
⑥歌とリズム打ち
⇒当日の流れで延長し、
名セリフを演技して
みることにした。
⑦生き物の声当てクイズと関連
する歌の紹介
⇒当日の流れで中止にした。
⑧終わりの歌
<日時および場所>
・日時:2018,9,8(土)天気;雨
13:45~14:45(計60分)
・場所:A施設 デイサービスルーム

<経過と結果>
土曜日利用者様は、他の曜日利用者様に比べ、物静かで、大きな笑い声を出す方は皆無に等しい。
しかし歌は好きな方が多く、音楽療法では毎回大きな声で歌われるといった状況である。
この日は、いつもに増して利用者様の活気が乏しく、会話にも反応が鈍い。
準備運動も前回と同じメニューであるが、最初のうちは、やや動作が混乱気味!
「どうした?今日は?」
天候が雨というのも原因の1つか?と考えたりもしながら、笑顔でセッションを進めていく。
9/8「ニューヨークの日」であり、「ニューヨーク・・・・ニューヨク・・・入浴~~~」
全く反応無く、
し~~~~~~~ん!!!!(汗)
負けじと「皆さん~、ここ笑う所ですよ~~~~!」に漸く「あ~~~、入浴ね!」と笑みがこぼれる。
(少しホッと)
途中、歌と共に動作を入れたり、会話をしたり試行錯誤するも、いまいち盛り上がらず、利用者様は「観客」状態!!どうしようか~?
兎に角、笑顔でコミュニケーションを試みる!
歌とリズム打ちで、雰囲気が変わったためか、漸く活気が出てきた!(良かった~!)
そのため、この良い流れを生かせるように、プログラム変更し、リズム打ちの時間を延長することに!
リズム打ちでは、歌やピアノに合わせて、自由にリズム打ちをされ、少しずつ「観客」から「主役」に転換してきているのが分かった!(良し良し!)
今回、良かったのが、「お富さん」。
これは、利用者様がよく知っておられる曲であり、乗りやすい曲でもある。楽しそうに歌ったり、リズム打ちをされている。
また、私の資料に「お富さん」の名セリフがあり、ネタとしてスタッフとセリフを披露する予定であった。
そこへ、スタッフの案で、男役は、かつら(丁髷)かぶって、傷跡を描いた紙を頬に貼ってセリフを言い、女役はかわいらしくリボンを付けたら雰囲気が出るのでは?とのことで、その格好でセリフを披露する。
利用者様の目が輝いてきており、笑い声が起こりだした。
そこで、音楽を鳴らしながら、利用者様に名セリフを順番に披露して頂くことに・・・。(格好も)
予想外!!!皆さん、物静かと思いきや、役者のように役になりきって、抑揚をつけて、しかも身振り手振りも交えてセリフを披露される!時に、男役・女役も入れ替わるが、これまた良し!
部屋中、利用者様もスタッフも全員がお腹を抱えての大爆笑!
今までに聞いたことのない土曜日の大きな笑い声!
この後の「お富さん」の歌は、より大きな声になる!
終了後、利用者様は笑顔で「楽しかった~!」と。また、認知症で自発的な発言が無い利用者様からも「楽しかったです!○○さんには、とても楽しませてもらった~!云々・・・」と長いコメントあり。
スタッフからも、「こんな一致団結したって感じは初めてやね~!音楽の力は凄いね~!」とコメントを頂く。
結果的に、「観客」から「主役」に転じることができた。
<考察>
今回、「観客」から「主役」へと転じた理由は、以下の通りである。
・利用者様とは“なじみの関係”である。
・利用者様の普段の状況を把握しているので、違いが分かる。いつも同じ感情ではないので、今の利用者様に
一番良いと思われることを考え、行動した。
・セッション中、遊び心を持って次の場面展開を考えた。
・ミラーニューロン効果を利用した。
・笑いは副交感神経が優位になり、ストレス解消になり、心身が解放された。
・利用者様が気持ちよく心からの声を出し、笑顔を獲得するように、セラピストやスタッフは、相方や黒子になったりなど場面に適した役割を担った。
・恥ずかしがったり、恰好を付けたりしない。
・利用者様にとって馴染みの音楽を使用した。歌は今までの人生の思い出と結びついていることが多く、残存機能の発見に繋がる。
<結論>
「観客」から「主役」への転換は、相手を思いやる“心”で接し、必要なことを察知することが大事である。
また、スタッフ間のコミュニケーションが日ごろから上手く取れており、利用者様に対する熱意があれば、利用者様もノビノビと音楽療法に参加出来ると言える。
そして、何よりも「笑い」、これは気持ちを次のステップへと誘導するものである。