重度・高齢・行動障害のある利用者への
音楽療法の導入とその効果
For users with severe / elderly / behavioral disabilities
Introduction of music therapy and its effects
笹本 知栄己
1級 音楽療法士
2級 メンタル音楽療法士
くず葉学園 支援員
「くず葉学園の概要」
くず葉学園は、丹沢山系の盆地である秦野市にあり、アウトドアが楽しめる表丹沢野外活動センターの手前にあり、35年前に設立された。
設立の趣旨は、児童施設に入所していた利用者の親たち30余名が「障害があっても、生きいきと人生を歩ませたいという願いから、どのような場で、どのような暮らし方を備えれば実現できるかを語り、利用者の幸せを求めて理想の施設づくりを描いた」と聞いている。
入所定員60名、通所定員70名の総合施設であり、日中活動支援は、生活介護7パート、就労継続支援B型3パート、就労移行支援1パート、合計11パートを擁する。利用者の平均年齢は入所が54歳、通所は44歳であるが、入所利用者は機能低下が目立ってきている。平均支援区分は4.7であり、全体的に重度高齢化が進んでいる平均的な入所施設といえる。
1,はじめに
私たちは、平成28年度より、平均支援区分5.5の19名の日中活動支援を行ってきた。19名の内74%が機能低下を示し、内7名が車イス、7名が歩行時の手繋ぎ支援を必要とする。平均年齢は56歳で、男性10名、女性9名である
私たちは、たとえ障害が重くても、潜在的な力は持っていると考え、それぞれの方々のストレングスに注目して音楽療法の支援を行ってきた。
プログラムは、音楽療法のさまざまな手法を使って取り組んできた。
現在17のプログラムがあり、一日のうち音楽療法的支援は1時間を設け利用者さんの状況・参加人数でその日のプログラムを考えて取り組み、主なものをあげると、歌、パラバルーン、リズム体操、パーカッション、発声、手あそび等である。
評価としては「意欲・表情・態度」「コミュニケーション」「音楽への反応」について3人の職員で確認を行った。私たちの印象では「穏やかで温かい関係性」が生じ利用者さんは安心して自分らしさを発揮するようになったと考えている。
また、事例として、行動障害のある方を取り上げ、穏やかな姿を見せるようになった経緯を示す。
音楽療法の支援は、笑顔を始め、様々な面で効果が見られQOLが向上したと思われるので報告をおこなう。
2,音楽療法について
音楽療法は、情緒的な安定・社会的なスキルなどを身に着けるために行うもので、健康の維持、心身機能の維持改善・QOLの向上・問題となる行動の変容に向けて、音楽療法士が意図的、計画的に行う音楽活動であり、音楽を学ぶために行うものではない。
3,プログラムの実際
・あいさつの歌
コミュニケーションをとるため、毎日午前・午後、初めに「あいさつの歌」
を行い、全員で活動の始まりを共有する。毎回同じ曲で行う事で「これから
音楽の時間が始まる」と理解してもらえるようにする。
利用者さんは活動の始まりが予測できないことに不安を感じるので、その感情が大きくならないように「これから音楽が始まりますよ」ということを言葉ではなく音楽で伝え、感じ、理解してもらう事ができる。
支援員は利用者さんの目をみてアイコンタクトをとりながら歌い、握手をして進める事でいつもとはと違う目の表情・熱感・元気のなさ等を察知する。
効果としては、握手の経験が少ないからかボディータッチを嫌がるような姿を見せていた利用者が、歌が終わるまで楽しそうに長く握手が出来るようになった。
・パラバルーン
グループで行うことでダイナミックな動きが生じ、グループの一体感が出て、楽しさを共有できる。バルーンの良さは、ザラっとした手触り感、上下に振る時の抵抗感、ゆっくり膨らむ時間感覚がある。
また、床から響いてくる空気の流れ、風船のようにふくれ上がった時の鮮やかな色、内側にもぐり込んだ時の薄暗闇のドキドキ感、外から差す光の神秘感、しぼんではふくらむ繰り返しのリズム感、など様々な感覚を刺激してくれる。
当初は、一曲4分間のバルーンを保持する利用者さんは少なかったが、今では「1、2、1,2」の声掛けにバルーンを持つ手が自発的に動き、〇〇さ~んと名前を呼ぶと楽しそうに振り上げ最後まで手を放さない。このようにバルーンを楽しめる事ができるようになったのは、バルーンの持つ特性であろう。
・リズム体操
リズム体操は、音楽を通した人と人のふれあうコミュニケーションである。あたたかい心の交流と安らぎが利用者さんとのラポールを築いていく。
支援員とマンツーマンで肩や体に触れる動きなので、そのふれあいはコミュニケーションの基本である心地良さを味わい、情緒の安定を促すと考えている。
ボディータッチが苦手な利用者さんも支援員が来るのを手を出して待つようになった。
・パーカッション(打楽器)
打楽器は、打てば鳴るという運動感覚と聴覚の統合が刺激的で利用者さんの注意を引きつけやすく、そのリズムは他の利用者さんと協調を促す効果があるように感じる。当初は、好き放題に鳴らす利用者さんが多かったが、楽器を鳴らしながら支援員の声を聞く事が出来るようになり、周りの様子を見ながらみんなと一緒に楽器を鳴らせるようになった。
支援員の「スタート」「ストップ」の掛け声にも対応できるようになった。ほかにも、自分が鳴らしていた楽器を他の利用者さんに譲る社会性も見られた。
・おおきく「あ!」、小さく「あ!」の発声
利用者さんは「あ」とか「う・・」しか発声できない、まったく発語が無
い利用者さんが多く、そのような利用者さんに息や声をしっかり出してもら
うため取り組んだ。
その結果、1年半でマイクを近づける事で「あ!」とはっきり声を出し、意識して「はあ~」と息を出す利用者さん、大きく「あ」、小さく「あ」と強弱を区別して出せる利用者さんも増えてきた。
・終わりの歌
帰りの歌が流れると「終わりの意識」が芽生え、自分の中で気持ちの切り替えがしやすくなる。無理に終わりにされるのではなく、納得して終ることができるのが、音楽の素晴らしい点だと思う。
4,利用者さんの成長
評価や尺度としては、「意欲・表情・態度」と「コミュニケーション」と「音楽への反応」を設定し、3人の職員により5段階で評価をした。その結果について、利用者さん一人一人の平均を年度で追ってみた。
評価尺度は、5とてもよくなった、4少しよくなった、3変わらず、2少し悪くなった、1悪化した、の5段階である。いずれの項目でも成長・改善を感じることができた。自閉症の方でこだわりの強い方もいたが事例で示す。
共通して言えることは、皆さん音楽が好きだということである。
音楽が嫌いな方はいない。もし嫌いな利用者さんがいたら、それは不快な思い出とつながっているのではないだろうか。無理やり教え込まれたり、強制されたり、嫌な騒音の連続だったり、そういう成育歴が要因だと思う。
5.プログラムをするときに大切にしている事
(1)利用者さんを知る事。
私たちは「皆さんの事を何も知りません、だから貴方の事を知りたいです。沢山教えてください」という気持ちで関わってきた。
支援員として、利用者さんの状況を事前に知っておく事は当然だが、記録を読み話を聞いて、かえって「先入観」や「偏見」を持つことが少なからずある。
「この利用者さんはこういう利用者さん(人)だから○○した方が良いですよ」と言われるなら受け止められても、「この利用者さんはこういう利用者さん(人)だから○○しない方が良い」等と断定的に言われると驚いたり怖かったり同調しなければならないのだと思ったりする。
「貴方の事を知りたい、沢山教えてください」と言う謙虚な気持ちで利用者さんに接すると、必ず応えてくれるように思う。利用者さんは表現方法が違うが、会話・打楽器・歌・表情などで自分をアピールしてくる。
私たちは「利用者さんを受け入れ、心を大切にする」という信条で取り組み、利用者さんと「穏やかで温かい関係」を持ち、利用者さんが「希望を持って、笑顔になって頂く」ように音楽だけでなく「会話」や「笑い」を大切にしてきた。
(2)ストレングスに注目する事。
支援員は利用者さんをみるとき、利用者さんの不得意な面が目立つと、それを全体像として捉えがちになる。
しかしマイナス面ばかりに目を向けていては利用者さんを理解している事にはならない。
支援員はまず利用者さんの強み・輝いている部分、ストレングスや長所に注目し、利用者さんが何らかの行動を示したら、積極的にアピールしてきたと考え肯定的に受け入れる。
この利用者さんは「何が得意なのだろう」「何が不得意なのだろう」と関わりの中でみていきながら、ストレングスを感じたら具体的に「こんな風に鳴らせるって凄いですね」「なんか踊りたくなる歌い方ですね」「〇〇さんが優しくて、私は凄く嬉しいです」「みんなの楽器のリーダーですね。
いつもありがとうございます、とても助かります」等と言葉に出す。言葉に出すと、利用者さんは「見てくれている」「分かってくれている」と捉え、安心して自分らしさを発揮する。言葉も含めた、私たちの表情・態度の大切さである。
そのためには、オーバーアクションも必要である。すると温かい関係性が生まれるようになる。
利用者さんは自分自身がマイナスや否定的に見られていると、それを敏感に感じ取り歪んだ形で発揮する。
それが行動障害と捉えられることもある。毎日、毎日、同じ利用者さんと関わるので、馴れ合いにならず、利用者さんとアイコンタクトをしっかりとって関わっていく。
ストレングスに注目して関わることは利用者さんの「素敵な笑顔」を生み出す基本であると信じる。
6.行動障害のあるⅯさんの事例
Mさんは、活動室の片隅、パーテーションで区切られた半畳程の個室の椅子に座っていた。
彼は自閉症で当時52歳。やりたいと思ったらなんとしても果たす。そのため、周りの刺激を感じられないようにする個室が設定されていた。いわゆる低刺激の対応である。
しかし、そこにいると支援員との関係が作れない。行動障害の方であれば、まず支援員との信頼関係を築くのが基本的な関わりである。しかし、大切なことが忘れられて設定だけが先行している。
私たちには「音楽に触れて一緒に楽しみたい」という思いが強くあった。
そこで、次のような取組を始めた。
① Ⅿさんへの初期のアプローチ
まずあいさつの歌への参加を試みた。支援員と握手する時、握手の意味が分からず支援員の手をブンブン振っていた。
あいさつの歌が終わると元の個室に戻る。これだけの繰り返しから、次は支援員と手繋ぎで音楽に合わせてリズム歩行をする、グループの皆さんと一緒に椅子に座って音楽を聴く・ビデオ鑑賞をするというように「グループに参加する」方向へと少しずつ歩みを進めた。
② Ⅿさんへの中期のアプローチ
一ヶ月後、Mさんに打楽器を提供しようと思った。
どの楽器を使いたいかを尋ねたが自分で選べず、支援員が選んで「これにする?」と聞いて腕力が必要なスレイベルを渡す。
私がスレイベルを鳴らして、同じような動きで鳴らしてもらう。模倣ができ、腕力があるので彼にはピッタリと思った。
きれいな音色が鳴るので「すごいですね」「素敵な音が出ていますよ」の言葉かけを何度も行う。
その様子を見ていた他の利用者さんがMさんに対して自然に拍手をする。
Mさんにとって居心地の良いプログラムになったようで、以降、支援員が楽器の準備をするとニコニコと笑顔で待つようになった。
楽器に対して興味を持ち、自ら他の楽器にも触るようになってきた。
③ Mさんへの後期のアプローチ
半年後、こだわりが目に見えて少なくなってきたように感じた。そこで、個室を無くし全ての時間帯を他の利用者さんと一緒の空間で過ごす事にした。「あいさつの歌」の時は、優しく心地よい握手が出来るようになっただけでなく、歌っている支援員の顔を見て自分も口を開け、満面の笑みを見せるようになった。
その様子をビデオに録りご家族に観ていただいたところ「こんな笑顔、何十年ぶりだろう」と言って、とても喜んでくださった。
きっかけに、幼少時のMさんの様子やどんな音楽が好きだったかを話して下さり、Mさんが幼いころ好きだった音楽をピアノで弾いたり、CDをかけるとMさんの笑顔が更に増えた。
プログラムの幅も広がり、「パラバルーン」にも参加できるようになった。「パラバルーン」は両手で支える力が必要だが、「バンザーイ」と言うとMさんは自慢の腕の力で高く上げて、力の弱い他の利用者さんのサポートにもなる。Mさんの腕の力の強さはストレングスとして良い方向に活かしてもらっている。
生活場面では「Mさん!いけません!」と支援員から注意される事が少なくなってきた。音楽の力で豊かな時間の拡がりが実現していると感じた。
④ まとめ
音楽を導入して4年。Mさんは緊張・不安が少なくなり、穏やかな気持ちで音楽プログラムを楽しんでいる。現在56歳だが、幼少時からなかなか本人を理解してもらえなかった人生があり、獲得した「ボタンの掛け違い」を、福祉施設で少しずつ修正しながら人生を歩んできた。
笑う事がなかった人生が笑えるようになった。
人生においては、どんな環境であっても、一人一人が、かけがえのない命を大切にされ、持てる力を存分に発揮してもらうこと・楽しんでもらうことが大切だと思う。
その一助として「音楽」が役立ってくれるように思う。
また、音楽を毎日楽しめるような入所施設ならではのメリットもある。
これからも「音楽のすばらしさ」を活用し実践していきたい。
7. 課題点と今後の方向
クラスの皆さんの中には、CDから流れてくる音楽だけを楽しまれている利用者さんがいる。また、楽器を楽しまれているようには思えない利用者さんもいる。
音楽療法で取り入れられている音が全ての人にとって良いとは限らないということである。
これは、支援員であり音楽療法士である自分にとって、大きな宿題である。
今後、1クラスだけに限定しないで他の利用者さんにも拡げていく構想がありトライを始めた。
そのなかで、やはり音楽を喜んで下さる利用者さんがいて、「またやろうね」とか、「あ~!」と笑顔で訴える方がいるのを見ると、これからも沢山の方が音楽に触れて楽しんでいただき、それぞれのQOLを向上させてもらいたいと願うのである。