私と音楽
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■ 「早織 ♬」 2019年11月8日・掲載
私にとって音楽とは、自分の歌や楽器の腕前を良く見せる為のもの、自分を良く見せる為の一つのコミュニケーションツールであると思い込んでいた。しかし、ナラティブ音楽療法に出逢って、音楽の在り方が全く変わった。
音楽とは人々との出逢いの中で、人々との関係の中で相手の弱さ、苦しみ、悲しみを汲み取る力を自分の中で築き上げていく道具であると感じるようになった。私はその過程で音楽が秘めている力を見出せた気がしている。その理由をこれから述べていきたいと思う。
私は幼い頃から音楽が大好きだった。カセットテープから流れてくる歌に合わせて、踊ったり、歌ったりして、よく遊んだものだった。ピアノの稽古は4歳頃から始めたが、一度も辞めたいと言ったことは無かったそうだ。
中学生になると、合唱コンクールでは伴奏を頼まれたり、吹奏楽部ではソロ演奏を任されたりした。学習面でも特に困ったことは無く、無事に憧れの高校へ入学することが出来た。
しかし、高校入学と同時に私の心の中で何かが壊れていった。周囲とのコミュニケーションに違和感を感じるようになった。
女子達が怖かった。会話に入れない、何を話したらいいか分からない。話せない。そして高二の春には大好きだった祖父を病気で亡くし、そのショックで学校を休むようになった。
それからだんだん女子達と距離を置くようになり、仲間はずれにされるようになった。孤独だった。唯一の救いは音楽を聴くことだけだった気がする。
そして心療内科へ2ヶ月入院することになり、留年が決まった。本当に辛い日々だった。地獄だった。授業が再開してからも入退院を繰り返し、リストカットもしてしまった。
その頃は勉強もピアノも全く出来ない人間になっていた。医師からは統合失調症と診断された。辛い日々の中を、家族や恩師が支えてくれた。高校卒業後、心と身体のリハビリを兼ねて、県内の短大の音楽科に入学したが、そこでも女子との関係に悩み、体調不良に陥った。
休学の後、退学することを決めた。この生き辛さは何か?当時はただただそう感じていた。アルバイトも経験したが、仕事の内容を全く覚えられない、対人関係も上手く出来ず、長く続いた仕事は一つもない。苦しかった。しかし、やっと自分の今までの苦しみの原因が分かり、納得の出来る答えに辿り着くことが出来た。
24歳の時、アスペルガー症候群と診断された。「これからどう生きていけばいいのか」と日々模索していた。私の苦しみを一番良く理解していた母が、『出来ることをやっていこう。無理しなくていいんだ。これからは。』と言ってくれた。
それからは外に出ることはあまりなく、自宅で一番得意だった作詞作曲をして、自分の苦しみを歌で表現して過ごすという日々が何年間か続いた。
20代後半になり、毎週通っていた教会で受洗をした。このままではいけない、何かを変えなくては、という思いからだった。
そして30代になり、教会で生涯のパートナーになるであろう彼と出逢えた。彼も心に病があると打ち明けてくれた。それからだ。私の人生に色が付き始めたのは。
ナラティブ音楽療法に出逢えたのも彼のおかげだ。彼がネットで調べて見つけてくれたのだ。「きっと君に合う仕事だと思う」と紹介してくれた。そして母の協力もあり、地元の生活介護支援センターや社会福祉協議会を通して、ピアノ弾き語りの演奏をさせてもらえるようになった。
少しずつだが、外の世界と接点を持てるようになってきた。嬉しかった。こんな私でも出来ることはあったんだな、と。彼はよくこう言ってくれる。
『出来ないんじゃないよ。出来ることが違うだけだよ。』と。
今、振り返ってみると、私の人生は暗いトンネルをずっと歩いていたようなものだった。しかし、彼と出逢い、ナラティブ音楽療法と出逢い、私の人生は少しずつ変えられていった。
今の時代は生き辛さを抱えながら生きている人々が大勢いる。障害を持つ当事者だからこそ、障害を持つ人々の生き辛さ、苦しみが私には良く分かる。彼らを癒すため、そして自分が癒される為に音楽を用いていきたい。自分の演奏の素晴らしさを見てもらえる喜びもあるであろう。
しかし、音楽にはもっと素晴らしい力があるのだ。相手の心の闇に寄り添える、その力が音楽であり、ナラティブ音楽療法である。
私はこの病を抱えていることに感謝している。発達障害を抱えている人々、そして彼の心の痛み、苦しみを理解できるからだ。もしかしたら、そのことの為に神様は私にハンデを負わせたのかもしれない。
私のこれからの人生にどんなことがあるかは分からない。また辛い日々もあるのかもしれない。
それでも、自分のこの苦しみには必ず意味があるのだと信じて。この試練は必ず乗り越えてゆけると信じて。
自分の中に音楽を見出すのではなく、出逢う人々の心の中の音楽に寄り添える、そんな音を奏でてゆきたい。そして、そんな人間でありたいと心から願っている。